2017年5月14日(日) クムダセヤドー浜松市瞑想会 御法話
ジャータカ 第一篇・無戯論品 第六話「デーヴァダンマ(Devadhamma:天の理法)」
~デーヴァダンマ(天の理法)と慚愧(ざん[hiri]・き[ottappa])の話し
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慚(ざん):hiri(ヒリ)…悪いことをするのが「恥ずかしい」とする気持ち。恥を知る。
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愧(き):ottappa(オタパ)…悪いことをするのが「怖い」とする気持ち。畏れ。
ジャータカ(Jātaka):本生経(ほんしょうきょう)
パーリ小部経典にある「本生経(ほんしょうきょう:Jātakaジャータカ)。お釈迦様の前世譚・過去世のエピソードのほか、現世、来世といっら三世にわたってのお話しが、22篇から成る547の物語として伝承されています。
セヤドーがお話しになられたのは、第一篇・無戯論品 第六話「デーヴァダンマ(Devadhamma:天の理法)」という前世のお話しになります。
デーヴァダンマ(Devadhamma)の物語
お釈迦さまがサーヴァッティー市のジェータ林(祇園精舎)にいらっしゃったときのお話しです。この頃、バフゥパリッカロというお金持ちがいました。
バフゥパリッカロには、奥さんがいましたが、ある日、亡くなってしまいます。奥さんが亡くなってから、バフゥパリッカロは出家して比丘(びく)になりました。
バフゥパリッカロは比丘になってからも、昔、雇っていたお手伝いさんがお寺にやってきたりして世話をさせたりしていました。
また比丘になったにも関わらず、比丘らしいことはしないで、お金持ちの頃と同じように、美味しいものを食べたり、贅沢な暮らしをして、袈裟(けさ)も派手な色のものを付けていました。バフゥパリッカロ比丘は、派手な生活をしていました。
ある日、派手な袈裟がクティ(小屋)の前にたくさん落ちていました。他の比丘たちが「これは一体誰の袈裟ですか?と」聞いたところ、「それはバフゥパリッカロ比丘のものです」ということで話題になりました。
このことが、お釈迦さまの耳に入ります。そうしてお釈迦さまはバフゥパリッカロ呼びました。
お釈迦さまは、バフゥパリッカロに「どうして、こういう派手な生活をしているのですか」と尋ねました。
お釈迦さまは、「袈裟(けさ)も質素であるように決めていますし、どうしてあなたは派手なことをするのですか?それはお止めなさい」とお諭しになられます。
そうしたところバフゥパリッカロは、「どうしてそういうことを言われないといけないのですか?」と怒り出してしまい、大勢の比丘がいる前で袈裟を脱いで上半身をさらけ出して、上半身裸になってしまいました。
バフゥパリッカロ比丘は、「私は袈裟を付けないで、この格好がいいのでしょうか」とお釈迦さまに言いました。
そのときお釈迦さまは、バフゥパリッカロ比丘の前世(過去世)についてお話しになられます。
バフゥパリッカロの前世は、鬼神(羅刹[らせつ]:人を食う鬼)だったといいます。けれども鬼神であっても、慚愧(ヒリ・オタパ)を守っていたといいます。
お釈迦さまはバフゥパリッカロに、「あなたは過去世で鬼神であっても慚愧を守っていたのに、現世では慚愧を守ることができず、袈裟のことも守ることができないのは何故なのですか」と言います。
お釈迦さまからこのように言われたバフゥパリッカロは、恥ずかしくなって、もう一度、着替えて袈裟を付けるようにしました。そうして反省し落ち込んで座ってしまいました。
周りの比丘達は気になって「過去世で一体何があったのでしょうか」と、お釈迦さまに尋ねます。そこで、お釈迦さまはお答えになられました。
過去世で、バフゥパリッカロは鬼神でした。その時代、お釈迦さまは、バーラーナシーのブラフマダッタ王のの長男でした。
皇太子であり、名前をマヒンサ王子(mahisasakumaro)といっていました。次男にチャンダ王子(candakumaro)という弟がいました。
二人の王子が成長して大きくなっころ、お母さんの王妃が亡くなりました。王様は、新しい奥さんを迎えて王妃にします。
やがて二番目の奥さんの王妃にも子どもが生まれます。腹違いの三男が生まれ、その子はスリヤ王子(suriyakumaro)と名付けられました。
王様は三男をとても気に入り可愛がりました。王様は三男を可愛がり、王妃に対して「王妃は何をお望みかな?欲しいものを言ってくれれば差し上げよう」と言います。
ある日、王妃は「三男のスリヤ王子が大きくなったら、王にして欲しい」と王様に言いました。
しかし王様は「三男に王座を譲ることはできない。なぜなら長男の皇太子がいるからだ」と答えます。
けれども王妃は、実の子の三男が可愛く、王に「なんとか王座を譲っていただけないでしょうか」と懇願します。
王様は、王妃に説明します。「長男も次男もいるので、三男に王の座を譲ることはできない」と。
しかし王妃は頑なでした。どうしても三男を王にさせたかった。無理にでも王様にお願いします。
とうとう王様は困ってしまいます。そこで長男の皇太子と次男を呼んで、事情を説明しました。
「実は私は昔、王妃に約束してしまった。三男に何か欲しいものはないだろうかと王妃に言ったのだよ。そうしたところ、今、王妃から、王座を三男に譲って欲しいと言われておる。
王妃は無理にでも三男を王に就かせようとするかもしれない。二人には申し訳ないが、いったん都から出て森に行き、ほとぼりが冷めるまで、しばらく森で生活をしてくれないだろうか」
王様は二人に提案して言いました。これを受けて、皇太子と次は森へ行って生活することにしました。
王様は、「もし王の私が死んだら、都に戻ってきなさい。そして長男に王位を継いで欲しい。」と告げます。
王様のこの意向を受けて、長男と次男は森での生活をするために、荷物をまとめ、王に挨拶をして都を出て森へ行こうとしました。
都を出る途中、三男のスリヤ王子が庭で遊んでいました。三男は、二人のお兄さんがどこかへ行くのを見かけたので「どこへ行くのですか?」と尋ねます。
そうしたところ、二人は森へ行くことと、そうなった事情を説明しました。
三男は二人のお兄さんの話を聞いて、「それじゃあ僕も行きます」と言った。そうして兄弟三人とも、森へ行くことになりました。
三兄弟が森へ行く途中、疲れたので休みを取って、池で沐浴することにしました。最初に三男が、沐浴をしようとして池へ行きました。
ところがその池には、鬼(鬼神・羅刹[らせつ]:人を食う鬼)が住んでいました。鬼は池を守っていたのです。その鬼は人間に変身できる鬼でした。
三男は池に行って、沐浴をしようとしたところ、鬼が出てきて遭遇します。
そうして鬼は三男に、「あなたはデーヴァダンマ(天の理法)を知っていますか」と尋ねます。三男は「知りません」と言います。そうしたところ三男は、鬼に捕まってしまいます。
長男は、三男が一向に戻ってこないので心配になり、そこで次男を池へ向かわせることにしました。
鬼は次男を見かけて、「あなたはデーヴァダンマ(天の理法)を知っていますか?」と聞きます。そうしたところ次男も「知りません」と言ったところ、次男も鬼に捕まってしまいます。
三男に続いて次男も戻ってこないので、長男は怪訝に思い、自分で池に行くことにしました。
そうしたところ、その途中で、二人の弟の足跡を見つけます。しかも戻った形跡がありません。
「そうか、それならば二人とも池にいるのであろう」と思い、池の様子を見に行きました。
長男が池に行く途中で、鬼が人間の姿をして出てきました。
鬼は長男に「あなたは旅をしているのですか?なんで池に来ないんですか?」と聞いてきました。
ところが長男は、相手が人間でないこと、鬼であることを見抜きました。長男は鬼に「あなたは人間ではありませんね。鬼ですね。」と尋ねました。
そうしたところ、鬼は正体を見破られたと思い、自分が鬼であることを正直にみとめました。
長男は「私の二人の弟を、あなたが捕まえたのではありませんか?」と尋ねたところ、鬼は「そうだ。私が捕まえて、住処に置いてある」といいます。
長男は「どうして、人間を捕まえて食べようとしいるのですか?」と聞きます。鬼は「そうではない。闇雲に食べるために捕まえているのではない。ルールがある。
池に入る者に『デーヴァダンマを知っていますか?デーヴァダンマを知りませんか?』と聞いている。
もし、デーヴァダンマを知らない者がいれば食べてしまう。もし、わかる人がいれば食べない。そういうルールを決めている」と答えます。
そうして鬼は、長男に対して「あなたもデーヴァダンマを知っていますか?」と。
「私は知っている」
「ではデーヴァダンマを説明してくれませんか?」
「まず沐浴してからお話しをしましょう」といって、長男は沐浴をしてから鬼に話しをするこにしました。
長男は、デーヴァダンマとは、慚愧(ざんき:悪いことを恥ずかしく恐れること)の心をそなえ清らかな法(ダンマ)に精進し心を落ち着かせて、善いことを行うことこれがデーヴァダンマであることを説明しました。
そうしたところ鬼は納得しうれしくなりました。
うれしくなった鬼は、「捕まった二人の弟のどちらかを返す」と言いました。長男は「それでは三男を返して欲しい」と言います。
そうしたとこと鬼は、
「あなたは何故、三男を連れていこうとするのですか?
年上の次男を何故、連れていこうとしないのですか?
年上を尊重するという善行を何故しないのですか?
これは慚愧(ざんき)に反することではないんですか?
あなたは慚愧を知っているのに、何故、慚愧を実行しないのですか?(善行を実行しないのですか?)」
と尋ねます。
長男は答えます。
「いえいえ、そういうことではありません。三男のために、私たちは森にやってきたのです。もし鬼のあなたが三男を食べて三男がいなくなったら、私達は城へ戻れないのですよ。
三男がいなくなったら、周囲から疑われ悪口を言われます。三男を犠牲にして私達が戻った、と批難されるでしょう。これでは周りにも迷惑をかけて問題が起きます。
だから三男を取り戻したいのです。三男は、腹違いの母親の子です。もし、三男に何かがあったら、私達は慚愧(ざんき)が無いと言われてしまうでしょう」と。
この話しを聞いて、鬼は納得しよろこんで、次男も三男も二人とも返すことにしました。
これを受けて長男は鬼に対して、「もう人を捕まえた食べたりしないように慚愧(ざんき)を守るように」と話しました。鬼は、これを聞いて納得しました。
そして鬼は反省をしました。「私には慚愧が無かったので、人を捕まえたり生き物を取って食べていた。もう、こういうことはしないように、慚愧を守るようにしよう」鬼は決意します。
そうして三兄弟は、この鬼とともに、森の中で一緒に生活をすることになりました。鬼は生き物を一切食べることなく、慚愧を守って生活をするようにしました。五戒も守るようにしました。
ある日、王が亡くなったことを知り、三兄弟は都へ戻ることになりました。このとき鬼も一緒についてきました。
そして都に戻ったところ、長男は王になり、次男は皇太子、三男は将軍になりました。そして鬼には住居を与えました。
この三兄弟と鬼。
生まれ変わって、今ここにいます。
長男のマヒンサ王子(mahisasakumaro)は、お釈迦さま。
次男のチャンダ王子(candakumaro)は、サーリプッタ尊者。
三男のスリヤ王子(suriyakumaro)は、アーナンダ尊者。
そして鬼神(羅刹)は、バフゥパリッカロ比丘。
※クムダセヤドーのコメント
慚愧(ざんき)は、人を殺したりしないとかだけでなく、人から批難されないようにすることも含まれています。人から後ろ指をさされないようにしたほうがいいですね。
たとえば服装でもそうです。肌をあらわにする露出の多い服装を着るのは、慚愧(ざんき)が乏しいともいえます。
袈裟(けさ)を脱いで上半身裸になったバフゥパリッカロ比丘は、まさに慚愧が無いから、そういう行動をとったのですね。
慚愧がそなわった人は、批難されないように行いを適切にします。服装のことでいいますと、慚愧が無い人は、ふさわしさを配慮をすることもなく、空気を読むこともしないで、服装を選び着てしまいます。
慚愧がありませんと、こうした観点を持つこともなく気にすることもなく(恥らいや畏れもなく)服装を選んでしまいます。
服装に限らず、その場に適切な言動、空気を読む、相手への配慮といったものも含めて、慚愧(ざんき)は本当の意味での慚愧になります。
慚愧を守っている方は、心が綺麗で、心の使い方も言葉も丁寧です。
慚愧を守っている人は、決して人を殺すようなことはしません。
慚愧を守っている人は、他人のものを盗ることはしません。慚愧が無い人は、他人のものを盗んだり、ことわりもなく勝手に使ってしまいます。
慚愧を守っている人は、夜の遊び(淫らな男女の関係)、他人の配偶者や彼氏彼女と不倫・不貞行為はしません。慚愧の無い人は、これを平気でおかしてしまいます。
慚愧を守っている人は、嘘を付きませんし、嘘が怖いと感じます。慚愧の無いは、嘘を平気で付いてしまいますし、恥ずかしいとも思いません。
慚愧を守っている人は、お酒を飲んだり、ドラッグもしません。ギャンブルもしません。慚愧の無い人は、お酒を飲みのまれ、ドラッグを使い、ギャンブルに夢中になります。
慚愧は、親のようなものです。
自分達を守ってくれる。
親は子どものことを常に守ってくれます。これと同じ。慚愧も自分を守ってくれます。
慚愧のある人は、今生でも善い人になりますし、今生でも善くなります。来世のサンサーラ(輪廻)も善くなります。必ず善い所(善処)へ生まれ変わっていきます。地獄に行くことはありません。必ず善処に行く。
悪いことは、恥ずかしいこと、怖いこととして感じて、また悪いことを行うと周りの人から批難されることも恥ずかしい恐縮するといった意味も含む慚愧(ざんき)は守ったほうがいいですね。
慚愧は必ず守ってください。
これが皆さんへ贈るセヤドーの言葉です。
サードゥ、サードゥ、サードゥ。